菅首相が日本学術会議(以下単に、学術会議)の選考委員会の議を経て推薦された次期会員候補(105名)のうち6名の任命を理由も示さず拒否したことに強く抗議します。
学術会議は、「わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命」(学術会議法前文)として設立された組織です。私たち人間発達研究所は、「人間発達を自主的集団的に研究し、発達科学の創造的発展と実践・研究の今日的課題にこたえることを目的」(研究所規約)に1985年に設立された研究団体で、平和・民主主義・発達保障をめざして研究者・実践家・個人がつどっています。多様な科学者の意見に傾聴することは、民主主義の発展にとってもっとも大切なことであり、自由に闊達な意見を交わすことができる機関や制度が保障されてこそ、科学者は学術会議が掲げる使命を達成できるといえます。
今回の6氏の会員拒否は、「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする」(学術会議法第2条)という学術会議の目的を達成する上で見過ごすことのできない多くの危惧があります。人間発達研究所は、6名の任命拒否を撤回させるために、ここに表明するものです。
第1の危惧は、6氏が任命されなかった理由が開示されていないことです。仮に拒否することができるとすれば、その基準こそ明示し議論すべき事柄です。学術会議による推薦の選考基準は「優れた研究又は業績」(日本学術会議法第17条)であり、1983年当時の首相による国会答弁では、「政府の行為は形式的行為」であるとしており、「独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません」と述べています。当時の総理府の総務長官も、「形だけの推薦制であって、学会のほうから推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく」と答弁しています。現政府が当時の法解釈に変更はないとしながらも、現首相が任命を拒否することは、国会承認を経ない事実上の法解釈変更による違法行為です。しかも、首相以外の人物が実質的な選抜をおこなっていたとすれば、「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」という日本学術会議法(第7条の2)にも抵触することになります。誰が、いつ、どのような基準で判断をおこない、それに首相がどれだけ、どのような形で関与して任命拒否に至ったのか、という説明責任を誠実に果たすべきではないでしょうか。
第2の危惧は、この任命拒否問題が社会問題化するにつれて、並行して、学術会議のあり方を問題視する政府・与党が、学術会議の運営予算を行政改革の対象として取り上げ、削減を進めようとする動きがあることです。それは、任命拒否問題から世間の眼を逸らし、論点をすり替えようとするものに他なりません。わが国の学問・研究に対する財政支出はあまりにも低い状況にあります。学術会議が使命とする平和と人類社会の福祉への貢献のための学問・研究への大幅な研究費の増額が必要ですし、軍事研究への予算は削減すべきではないでしょうか。
第3の危惧は、より本質的な問題として、今回の任命拒否の要因・背景に、拒否された6名の新会員候補による政権への政策批判があったとすれば、研究の成果に基づいた研究者の発表の自由に政府が介入し、妨害したことになります。これは、憲法 23 条に保障された学問の自由、第19条に保障された思想及び良心の自由、第21条に保障された言論・表現の自由を侵害することになります。研究者における学問の自由、研究発表の自由が脅かされ、多様な意見表明や政策批判ができなくなれば、国民全体の思想、信条、表現活動の自由が脅かされることにつながります。その結果、科学者や国民が萎縮し、自由な発想や研究が制約され、自由に意見を表明したり、発信したりすることができなくなり、政府の政策の批判ができなくなってしまいます。政府の政策の誤りが正されなくなり、よりよい政策提案による民主主義社会の構築が妨げられてしまうことになってしまいます。こうして学問の自由が損なわれ、批判することが許されない精神風土が醸成されてしまえば、より良い社会の構築に向けての国民の努力がゆがめられ、社会の健全な発展が阻害される事態になりかねません。私たちは、現代社会の大きな岐路にたっている重大な局面として受けとめています。
上記の理由により、私たち人間発達研究所運営委員会は、ここに、政府による学術会議会員人事への介入に強く抗議し、次期会員候補6名の任命拒否の即時撤回を要求するものです。
以上
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