志を学び未来につなぐ――加藤直樹先生を偲びつつ――

■加藤直樹先生のお仕事と人間発達研究所

 加藤直樹先生は,全国障害者問題研究会支部長として滋賀支部主催の発達診断講座・発達相談講座を提案されました.この時期以降,加藤直樹先生が特に意識しておられたのは,大きく2つあると思います.
 一つは,「知的障害のある子どもにかわることがらだ」と狭く見られがちであった「発達保障」という考え方やその基礎となる発達研究の成果を,「人間発達論」として普遍化していこうという視点でした.また,2つには発達保障の担い手としての集団への着目でした.加藤直樹先生の「人間発達論」は,「社会的人間発達」つまり現実の人間社会の中で生き,その変革の営みをになう具体的な人間であり,したがって,そうした人間発達を正面から論じるためには,集団を抜きにすることができなかった,ということだと思います.
 障害児者問題の中で確かめられた発達と発達保障の真実は,同時に人間の発達と発達保障の真実でもある,と考えておられました.ですから,人間発達研究所の課題として高齢期の発達をどう考えるのか,あるいは成人期障害者の発達をどう考えるのか,親や関係者など発達保障の担い手の発達はどうなのか,など研究所の研究活動の重要な研究課題としても提起され,研究所の活動を実質的に牽引してこられました.
 このように,一方で発達論としての普遍化を志向しつつ,他方で具体的な人間の姿に焦点を当てようとされておられました.
 たとえば,「発達保障論入門冊子」(人間発達研究所 2004)に「発達の三つの系と集団発達」と題した論文を書いておられますが,ここでも階層−段階理論における可逆操作は具体的な人間の発達像を構成する必要条件ではあっても十分条件ではないと指摘した上で,具体的な発達像を再構成する方向性を,「社会的人間発達」という表現に込めておられました.その意味で,集団論は,加藤直樹先生の人間発達論の核心部分であったと思います.

■加藤直樹先生の集団論

 実は,加藤直樹先生には,最後の最後まで,集団論にかかわってお仕事をしていただきました.なくなる2か月前の11月1日には,別の会議のあと集団論にかかわる講義を運営委員会のメンバーに1時間あまりしていただきました.そこでは,「社会を構成する基本単位は個人と言えるのだろうか?」,あるいは「個人・集団・社会の3つの系という場合,個人や社会と同じような発展段階を集団が想定できるのだろうか?」という問いかけをあらためてされたことが印象的でした.その上で,もっと「現実の集団の事例を蓄積し,それを分析すること」に立ち返るべきであることを力強く提案されておられたことが印象に残ります.
 労働や教育という社会権が個人に保障されても,そこに発達が配慮されず集団・連帯が崩されるとき,発達侵害が生じる危険性が広がることがあることを私たちはさまざまな事実で学んできました.
 未曾有の課題に民主主義や人権・平和への乱暴な逆流が強まる中で向き合わなければならない今日,加藤直樹先生のラスト・メッセージでもあった社会的人間発達と集団論はますます重要な意味をもっていると思います.その宝物をどう発展させていくのかが私たち人間発達研究所に問われているように思います.
 あらためて人間発達研究所ともに加藤直樹先生のお人柄とお仕事に感謝の意を表したいと思います.

■やり残しの宿題

 書くとたちまち学生運動のビラのようになってしまう私の文章に加藤先生は相当イライラされたようで,人間発達研究所の前身となった発達相談講座の基調報告づくりでは,なかなか加藤先生の「OK」がでず,原稿用紙が修正で真っ赤になっていました.若気の至りか,生来のおっちょこちょいのためなのか,視野の狭い議論をする私にとって,「教育って民主主義の課題」とおっしゃいながら,「だから絶対の正解があるわけじゃない」という趣旨の発言をしておられたこと,あるいは「この世に存在し一定の積み上げのある学問は,あなたが気に入らなくても何らかの存在意義があり,それを支えている人がいるということなんや.だから,批判はよいけど否定はあかんで.私たちが大事にせなあかんのは,鋭い一撃ではなく,味方を増やして力関係を変えることなんや」という2つのことばは忘れることができません.
 これらのことばの背景にも「加藤直樹・集団論」とも呼ぶべき壮大な議論があったように思います.そうした加藤先生から見ると,私は「心理学の枠組みから出られていない」ということになるのでしょう.なんとかそこを突破しようと「革命家マルクスは,『共産党宣言』で,未来社会の構想になぜ「一人の自由な発達が万人の自由な発達になるような」と発達規定を入れたのか」を探ろうと勉強を始めると宣言しました.マルクス・エンゲルス全集を第1巻から「発達」という語に注目して読み込んでいくという構想です.このお話しをすると,たいそう喜ばれて,「人間発達研究所にマルクス・エンゲルス全集もってくるわ」(レーニン全集とマルクス・エンゲルス全集を加藤直樹先生と田中昌人先生が共同して買われたのだそうです)と運んでいただきました.まだその作業が最初の5巻でとまっています.なんとか,最後までたどり着くのが,加藤直樹先生からいただいて果たせていない個人的な宿題です.

2015年1月
人間発達研究所 所長 中村隆一

加藤直樹2代所長